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わたしの片手は静かに音を立てて、浴層へと沈んでゆく。ゆらゆら、ゆらゆら。ゆっくりと沈んだ其れは、わたしの意図したものよりもおおらかで、やさしい。
「 あ あ 」
声を乗せたのか、咳になって消えたのか、判らないままわたしは一層深く身体に爪を立てた。響かせられたら響かせられた分だけ、感じられれば感られた分だけ、無理に荒立てみせる。きずついていくわたしの身体は、余りにも粗末なこの感情を処理出来ないまま、痛みを受け入れようとする。つまりは私は私としての痛みを感じられないまま、意識の痛みとして都合良く処理されたのだろうと。其れさえも理解出来ない程、わたしの意識は非道く凍り付いては貴女を見失っていく。
本当に、如何しようもない。貴女がいなくなってから、私はこんなにも駄目になってしまった。駄目になるつもりも、駄目にするつもりも決してなかったのに、駄目だった。余り良いとは言えないこの皮膚の冷たさと、僅かな温もりで、わたしは如何貴女を救うと言うのか。
わたしはもう一度波を立てては、温もりを失っていく右手を妄想で補おうとしては、瞳を閉じ、溜息を吐く。
「 あ あ あ 」
微かに瞼を開けて顧みる。泡塗れになった浴層は、脳に白を植え付ける。奇麗で、それでいて柔らかな。わたしはその色を知っていて、何処かで見たことがあるような気がして、それに夢中になったような気がして、雪の中に包まれたような感覚を味わった気がして、わたしは意識に力を込めて其れを追い出そうとした。
けれど徐々に霞んでいく視界が、私の中にある僅かな意識を確実にしていくのを感じ、私はもう一度、ゆっくりと、瞳を閉じようとする。繰り返すこの行為は、何時になってもわたしの身体には馴染まない。
「 あ あ あ あ 」
こうして時間を掛けようとしても時間の掛からない行為というのは、好み易いと想う。例えばロボットのスイッチを押すことだとか、機械的な何かだったり、人間的な、例えば声を発することだとか、そんな仕様もなく他愛もないことばかりな気がするけども。其等は意識によって邪魔されたりもするけれど、だからこそ素敵で、仕様のない事だと言えるんだろうと。
そんな無駄なイメージばかり生まれては、貴女は私に名残を残していく。ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた私の意識が、もう一度、と叫ぶ。もう一度、名前を呼んで。その度にわたしは、それを消そうと掠れた声で音を刻む。わたしはもう、私さえ受け入れられなくなっている。だからわたしは、出来うる限り私を無視する為に、せめて声を刻み、爪を立てる。
「 あ あ あ あ あ 」
冷たい思考は冷たいまま、意識の核を衝いては消そうと衝いては消そうと、何度も揺さぶって落としていく。わたしの行為を顧みる度に感じるあの哀しい瞳を、わたしは感じたくはないと想っていたけれど。わたしは貴女や貴方の想いには、到底応えられる訳でもなく、ただ、涙を流そうとした。
隣に貴方の言葉を感じる。空には、やさしい貴女の笑顔も。きっと今頃、あの子はとても、温かで。静かな眠りに就いている、とてもやさしい彼女は今も。だから、きっと。
「 ああ、あああああ、あああああああああ、 」
どんなに傷をつけても血の滲まない指先を、わたしはゆっくりと唇で舐め、思想を留める。わたしの指先はこどものようにやわらかで甘く、爪も短くて。浴層に浮かんだ其れは、骨のように、白かった。
碧。